| 入室:千代 鬼島 猪狩 |
| 鬼島の云った通りだった。 猪狩は泣いていた。 声を、殺して。一人、密やかに肩を震わせて。 ぽろり、ぽろり泣いていた。 葬式場。人でにぎわうものの、嘘みたいにしずかな場所だ。 そんな嘘みたいな場所で、嘘みたいな、というか嘘だろ、嘘。 絶対、嘘に違いないのに、なんか猪狩は泣いているのだ。 うっわーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 マジ。 マジなのぉ!?猪狩ィ! 俺は慌てる。慌てるしかない。 だって、猪狩は泣いているのだ。 絶対、涙なんて流さない、それこそ天変地異でもおこらないかぎり、 アイツの頬は濡れたりしない!その筈だったのに!! ミーとしたことが!!! あくまでも男らしくクールにゆきたい俺は、動揺を顔に浮かべたりはしない。 そう、お棺の中で俺はひとり、肯く。俺はクールなのだ。 クール。氷の男。アイスマン。 きっかけは鬼島の言葉だったわけだ。 『千代が自殺したら。猪狩なくよ』なんかこーんな感じのセリフ。 即座にミーは返したね。 『俺が死んだくらいじゃ猪狩が泣くはずないでしょ!』 だってそうじゃん。あの猪狩だぜ?あのい・が・り・だ・ぜえ!? そんな訳で、俺は俺の持論をよりわかりやすく皆に示すため、 なんちゃって『さよなら千代の会』を催すことにした。 あっというまに計画を練り上げ、あっというまに実行に移した。 手際の良さに、正直、俺自身が打ち震えた! 完璧!隙のない展開!どうよ!?見てろよ!?? 猪狩は泣かないんだからな!!! という感じでね。 俺は今、お棺の中で息を潜め、薄目だけ開けて、死体役に励んでいるのだ。 長い睫毛のせいでぼやける視界に猪狩を収め、微動だにせず、死体になっている。 以上、状況説明完了! えーと、そうそう。 つまり今回のグッバイ、千代の集いはフェイクだったのよ。 うん。そう。冗談ってやつ。 ここまでいい? で。そーんなジョークだってのに、 猪狩が泣いている。 嘘だ。 あり得ない。 だってそーじゃん! だって 「千代」 乾いた声がする。眼球だけ動かし、焦点を合わせる。 「鬼島」 「猪狩。ないたね」 何よ!何!その勝ち誇った顔は!! ムッカーーーーー!!! 俺の中で、バネが一気に縮んで一気に伸びた! 背筋がまっすぐ!ジャックナイフジャンプ! 華麗に飛び上がって、俺は俺専用の箱から抜け出し、地面に着地する。 「鬼、」「あ、猪狩。」 こっちの言葉尻に重ねて鬼島がなんか云った。 たかが三文字の単語なのに、なぜだか理解するのに俺の脳は手間取ったっぽかった。 「え。」 なんか、そんな感じのせいで、つい心中のセリフがなんか漏れた。 直立姿勢のまま、首を曲げる。 当たり前だけど視界が横にずれる。 すると、そこには猪狩がいた。 泣いていた猪狩がいた。 「あ」 ぽかん。やっぱりあいたままの俺の口。なんで!?? もう泣いていない猪狩の顔はすっかり能面だ。 いや、さっきだって能面だったんだけど。 えーと。 今、何秒たった?えーとえーと。 ぱくぱくぱく。言葉はまだ出てこない。えーと。 もちろん黙りこくっている猪狩だから、イヤな間がはさまる。 鬼島はニヤニヤしているだけだ。じゃあ帰れよ!!いや違う違う。ジョーク、ジョークね。 そう、 これはジョーク、ジョークなのだ!だから俺ってば全然悪くない!むしろほめられるべきなのだ! 「ジョークよ、猪狩ぃー」 むしろ讃えろ!猪狩!!!! 「そう」 うわ。 「よかったよ。君が。いてくれてさ」 うわ。うわ。うん。あは。 うれしーい。 「うん。贄は、きみだもの」 猪狩の、目がわらった。わらった!!わらったーーーー!!!!!!!!!!わーーーー ………………………………………… 「ちょっ、いっ、」 伸ばした手は届かない。猪狩はすりぬけて、何処かに消える。 隠れ身の術か!?組織か!??後者は怖いのであんまり考えないことにして。 足下で寝ころんでいる棺をカモシカの脚で蹴り上げ、俺は駆け出す。 逃げた猪狩を追うためじゃなく、単に、もうこんな辛気くさい場所はごめんだからだ。 家で俺をまっているのは、あたたかい甘口のカレーだ。たまねぎは溶けてもう見えないカレー! そういや、鬼島はやっぱり、やばくなる一瞬前にいなくなってやがった。 なんなんだあの一旦木綿!! 今度あったらミーのマグナムをおみまいしてやるんだから!!!! |
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