ティファニー
「五十嵐くーん、結構良い値で売れた!売れたよおー!」
犬の訓練所勤務、先輩の多田が、大喜びで走ってきた。
「やっぱり、ネットオークションは最後の15分だねぇ!」
まるで自分の事のように喜ぶ多田を横目に、メガネをかけた五十嵐がどうでも良さそうに礼を口にした。

事の起こりはこうだ。
恋人に五十嵐がどうした病気かピアスをあげようと画策し、多田に相談。
多田はそれを、訓練所の所長のお嬢さんの遥ちゃんに相談したところ、(つまり女にパス)
「ティファニーよ!!!!案内したげる!!!」
と叫ばれたので、ちょっと前の休みの日に五十嵐が三越まで車を出してお買い物という運びになったのである。
同行の高校生の遥と、その友達のよりちゃんは「ヴィトン寄っていい?」<(寄るだけ) だの「コスメー!」だの喚いて全然前にすすまず、久しぶりに五十嵐の苛々を爆発寸前まで上げた。

で、その遥絶賛のティファニーに入ると五十嵐の顔が見る見る(益々)仏頂面になる。
「…高いのは当たり前よ!だって、天下のティファニーだもん!」とその様子を見て遥がヒソヒソ声で解説する。
「値段じゃねえ」
ぼそっと呟くあたり、じゃああんた、潤沢に金はあんの、と言いたい遥だったがそこは黙り、
「じゃあ何よ」
「…なんっか…こう……。違う」
「だってシンプルが良いって言ったじゃない。シンプルデザインだったらティファニーよ!」
「そおよー、大ちゃん、女の子がティファニーもらって迷惑って事絶対無いから!」
隣のよりちゃんも遥の支援にまわる。
「ビーンズシリーズとか?」
「古くないー?」
「オープンハートよりいくない?あ、これ超かわいいー」
これ出して下さい、あれ出して下さい、と二人の小娘が女の子向けのシンプルなピアスを出させてきゃあきゃあとはしゃぎ、後で五十嵐はすっかり興味の失せた顔になっている。
「えー、大ちゃんまずいよ。こんなに出させて何も買わないなんてえー」
出したのは貴様らだ!と言いたくなるのを押さえて、五十嵐はもうどうでも…と言うようにその中で一番安いシルバーのピアスを買った。

先々週、多田が五十嵐の部屋で飲んでいたら、それがそのままゴミ箱に突っ込まれていて驚いた。
どうみてもティファニーの箱とリボン。まごうことなきティファニーブルーの。
もしや二人は別れたの。
「いいい、五十嵐くん。あれはどーした事で…」コミ箱を見ながらつい、どもっちゃった多田に
「…持ってったけど…、別のを買ったから」あれはいらなかったんすよ、と機嫌良く説明する五十嵐にホッとする。
五十嵐くん、この職業はね、中々彼女が出来ないんだよ…。
……今の彼女を大切にね。
しみじみと多田は酒を煽り、その後で「あ、それ、ヤフオクかなんかで売ってあげるよ」
と切り出した。
未使用のティファニーだから。定価以下だとしても。
五十嵐もふうん、と言う顔の後、「じゃ、多田さんお世話になります」と酒のグラスを机に置き、かったるそうにゴミ箱から箱を拾った。

そして、『今』である。
売れた。売れたよ、五十嵐くん…!
ネットオークションって面白いなあ…!と別の地点ではまりそうな多田が嬉しそうに報告にやってきたと言う訳である。
今週は頭から何故かメガネで、花粉症?と突っ込まれ続けている五十嵐がしゃがんだ体勢からのそっと立ちあがり、
「あー……。じゃ、それ多田さんに世話んなってっから、多田さん、売上もらっといてくださいよ」
随分骨格もしっかりしてきたフラッティーのハルがその隙に、五十嵐の前から小躍りするように向きを変えて走り去る。
「えー!そりゃ、不自然だねえ…。じゃあ、飲みにでも行くかい」
「そっすねえ…」
五十嵐が襟足に片手をやって、口の端を上げる。

ハルはあまり人間から離れるのを不安に思わない犬なので、「呼び」が悪い。
フードや餌をモチベーションにしても褒めても、近寄るにつれどんどんスピードが落ち、どうしても手前五メートルまで来るとそこらを嗅ぎ出したりするのだ。

手元まで呼び寄せたい。

ハル相手に最近五十嵐がテーマにしているコマンドであった。
「失敗させるぐらいなら呼ぶな」と所長に言い渡されて、ロングリードを使ってのトレーニングを繰返したりしている。
「……………」
五十嵐がハルを見ながらしゃがみ、

「ハルカ」

と、珍しくフルネーム(?)で呼ぶと、ハルが遠くで嗅ぎ周りを一瞬中断して五十嵐を見る。

「来い」

五十嵐の真剣な声に犬の耳が反応して後に下がる。
多田が「失敗する」と一瞬顔を顰めた。

だが、意外にもすぐに耳が揺れ、身体を躍動させてハルは真っ直ぐに走ってくると、飛びこむように五十嵐の前に停座を見せた。
「おお…!!」
多田の口から感嘆の声がこぼれ、「完璧じゃん、五十嵐くん!!」とハルを褒めている最中の五十嵐の肩をどやす。
五十嵐は何も言わず立ちあがり、襟足をガシガシとかいた。

すっかり散って小汚く地面に残る桜の花びらを靴で擦るようにしてから軽く溜息をついて俯き気味に「いつもこうじゃねえし。……腹空いたから、そろそろ昼飯食いにどっすかね」
多田も頷き「…それにしても五十嵐くん、目が悪かったんだねえ…」
メガネの五十嵐を見ながら多田が洩らし、五十嵐が「かなり悪いッすよ」とあっさり答える。
(だから目付きが…)と多田が思ったかどうか。五十嵐がうざそうにメガネを外すと、ずさんに胸元にひっかけ、ハルを犬舎の方に連れて歩き出す。

ネットオークションは面白い。
多田が今回五十嵐を通して学ばせてもらった事はこれであった。

犬がコンセントを…!!(ぬ き や が っ た …)
再起動になにもここまで時間かからなくてもいいのに…。
ゆり。 

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