この従弟を見てると、「むかつく」と言う言葉がぴったりだ。 美夏は、箸でご飯を口元へ運びながら、目の前の陽を見て考える。 「あら、陽ちゃんあんまり食べないわねえ…。そのおかず、嫌い?駄目?」 新作のイタリアンを覚えて来た、と張り切って笑い、台所にたったおばさんが食卓で、陽を気遣って声をかける。 「んー……」 んー?…んーって、 …なんなの? 知らず、箸をぎゅっと握り締める。 返事にもなってない。 「竹内さんがね、ホワイトソースじゃなくてクリームを使ってね。…あー、陽ちゃん、あんまりこってりこってりだと。あ、こないだ届いた明太子あるけど、いる?出してこようか」 「んー………」 胃を押さえて、目の前のぼんやりした男を見る。 いるか、いらないか訊ねられてんでしょ…。 頭悪いのか。いえ、 …悪いわ。 おばさんが夕方からオーブンまで使って格闘した美味しい夕食が、「んー」で流されて冷めて行く。 思えば、男兄弟ばっかりの末っ子に生まれた自分は、働いている母に代わり家事炊事を手伝い、高校生になってからは、ただいまの代わりに「腹減った」等と言いながらどかどか帰ってくる兄達の腹を満たす為に毎日苦闘したもんだった。食べ盛りの男が居ると餃子幾つ作るか知ってる…?!と声も裏返りそうになる。 おばさん、苦労痛いほどわかります。 自分で言うのもなんだが、たまたま頭が優れていた為に、せっかくだからと学校側が推奨してくれた名門大学が東京にあり、親戚の神母木家に下宿して受験に挑んだら、難無く受かり、今、自分は、おさんどんから逃れて、神母木家から大学に通っている。 それは今までの自分の人生が一変するような、ラクチン人生のスタートだった。 専業主婦の神母木夫人は、家事が趣味、生きがいはかわいい息子と素敵な夫を応援(?)して生きること、いつでも「陽ちゃん、がんば!」みたいな明るいテンションの女性で、自分の事も「私をお母さんと思ってね」等と無茶を言いながら陽気に迎え入れてくれた。優しい、素敵な人である。 なんで、若鶏のクリームソースが目の前にあるのに、明太子でご飯を…。 問題なく完璧に美味しいじゃないの。 「陽が苦手だから」と言う理由で、添えられた野菜がクレソンから陽のグラタン皿の中だけブロッコリーになってるのに気付いてるのかしら、この馬鹿は。 美夏は陽を見ていると1日に往復ビンタを心の中でしない日はない、と言うぐらい、この甘ったれが許せなかった。 「…あのさー……、布団、干すの俺がやるからさ…」 全然明後日の話題が陽の口から出て、神母木夫人が「がーん」と言う顔になる。 「あ ら、…あら、陽ちゃんの部屋、入っても色々触ったりしてないわよ、お母さん」 「でもさー……、土日くらいさー……、自分でさ…」 「―偉いわぁ、陽ちゃん。生徒会長さんをやって、なんっか、頼もしくなった感じ」 陽が微妙な顔をした後、露骨に顔を顰める。 陽の向かいで、ほぼ同時に美夏も顔を顰めた。 (アホか……) 心の中の本音が、顔からだだ洩れ。 この、陽のぐずぐずした喋りもイライラするが、布団自分で干すからとか迷惑そうな様子はなんなのかしら。 お母さんいつもお布団干してくれてどうもありがとう、じゃないの。 これからはお母さんの手伝いをするから自分で干します。じゃないの。 それだって小学生のレベルなのに、 「偉いわ」? おばさん、違います。やっと人間になってきたのね、です。 そいつ、今外ほっぽりだしたら生きていけませんよ。 陽の前に明太子が切られて小鉢に入れられ、出てくると、食事を思い出したように、グラタン皿を箸で引き寄せ 「あー…、これ無くていいよ。…こっち食うから」 引き寄せ箸…。 …おばさん、今です。叱って。 お前の返事がぐずいから明太子出てきたんじゃないの。 ところが肝心のおばさんは、神母木の箸のつけ具合を眺め、満足そうに食事に戻る。 おばさんは良い人ですけど、躾がなってません…。 「美夏ちゃんも、美味しいかしら」 「ええ、…すごーく、美味しいです。陽ちゃんったら男子高校で『ミス』コンテスト仕切るのに疲れちゃったのかしら。最近口数が前にも増して、少ないわね」 うっ…、と言うように陽の箸がぶれる。 ざまあみろ。 クリームソースをだー……っと、ご飯にかけて、勢いよく食べ切ると、ご馳走様も言わず、陽が席を立ってテレビの方へ消える。 隣でおばさんが、囁くように自分に声をかける。 「…陽ちゃん、気に入ったご飯は、お行儀悪いけど昔からご飯にかけて食べるの」 乙女チックな声に、よろける。 どうやら親子にしかわからないアレがあるようだ。 あの、と、視線を斜め後ろの陽へ投げて考える。 苦労知らずの馬鹿を教育する人間がこの世には必要であり、この家にお世話になっている以上、それを私が多少やってやってもいい。 世の中の厳しさを教えてやらなくちゃ。 思い通りに行かない事があるって事を、兄弟の理不尽さを、家庭内でもマナーがあるってことを。 美夏はお茶を飲みながら、頷き。 「……私が、ね」 そう、小さく呟くのだった。 |
>>>ゆり -- 06/02/24-16:15..No.[154] | |||
なんだっけ。生きてます。…ました…。 久野だけにわかるネタだったのに、もう通じないぐらい古…… |
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