格好の友達

そいつと話をしたきっかけは、僕の持っていたCDだった。



ヒットチャートの上位に入る曲から選んで聞いていた僕が、
何となく綺麗だと感じたジャケットの絵に惹かれた事と、
小遣いが入ったばかりだという事が重なって買ったCDを
学校で帰り支度の机の上に並べていたら、
斜め前の座席に座るそいつの方から声を掛けた。

それまではいつも、朝に挨拶したっきり話をする事なんて
まるでなかった相手に声を掛けられたという事は、
僕をすっかり興奮させた。


本当はそのアーティストの事など何も知らないくせに、
そいつはあのアルバムの曲が良い事や、
他のアーティストの話なんかを
嬉しそうに話かけてくれるものだから、
僕も絶対に聞いてみたいという風に話をした。

クラスが一緒になってから知ったそいつは、
見た目が派手だったり、制服から香水の匂いが
淡く漂うような、他とは明らかに異質の雰囲気がある
他所のクラスの連中と連れ立って歩いているところを
良く見かけた事があった。

そいつも仲間に負けず劣らず、髪の色とピアスの穴が、
僕らとは違う事をしっかりと見せつけていたので、
僕のクラスでも何となく近寄りがたくて話しかけない相手、
という認識が暗黙だった。

そういう奴が僕の席まで椅子を引き寄せ、
話しかける様子を遠巻きに見ている視線のいくつかを、
頬の横らへんに感じていた。

それから僕とそいつは、放課後に連れ立って帰るような間柄には
ならなかったけれど、
休み時間の合間に気軽に話し掛けるようになった。

話の内容は、あの授業は嫌だとか、つまらないだとか、
バイトがきついとか、
不満や不平を大げさに言うぐらいのものだけれど、
僕にはそれが心地よかった。


あいつと良く話をしてるよな、という他からのからかいは、
そのくせちょっとした嫉妬が混ざっているのを
僕は知っていたから。


僕はいつか、そいつの仲間のように髪を染めたり、
ピアスの開け方を教えてもらって、
そいつに見劣りしないほどの友達になっていく事を想像して、
内心ワクワクしていた。




そいつが退学になったという話は、すぐに学校中に知れ渡った。

夜中に酒を飲ませた女の子を連れて入ろうとした所を、
補導されたらしいと聞いた。
相手は付き合っていた彼女だとか、
その日に知り合った女だとか、あらゆる憶測が
僕に聞こえるように教室の中を取り囲んでいた。

ざまあみろ、という言葉を言わない代わりに静かに笑う奴らを、
僕は心の底から腹を立てていた。

僕はギュウと目を絞り、怒りを押し付けてから、
そいつに掛けてあげる言葉を考えていた。

きっと僕には何があったかを話してくれるだろうと思っていた。
僕はそれをちゃんと聞いてあげなきゃいけない。

大丈夫だよ、高校なんて辞めてしまっても変わらないじゃないか、
そう言って僕はそいつの肩を叩いてあげよう。
他とは違う事を平気でやれていたそいつに対して、
憧れのあった僕とそいつの立場が、
今度は慰める側に変わった事で、
きっと本当の友達になれるきっかけになるんじゃないか。
僕はそんなところまで考えていた。





一緒に学校を辞めないかと、そいつはいきなり僕に言った。

いつも丁寧に整えられている髪は崩れて、
下唇が乾いているのか何度も何度も口の中に噛みこみながら、
僕に一緒に学校を辞めようと、そいつは言った。

僕はまさか、そいつからそんな風に言われるとはほんの少しも考えてなくて、
ただ慰めてあげるつもりでいたから、
すっかり動揺してしまった。


そして、そいつと知り合ってしまった事を後悔した。
話すようになってしまった事を後悔した。
僕は高校に行けば大学に行けるといった、
ありふれた未来のひとつを
選ぼうとしていた足元を、
今、ほんの少し知り合っただけの相手に揺さぶられようとしている。

考えてみれば、そいつは僕にとっては自分には出来ない事をするという、
単調で平凡な毎日を裏切ってくれるところに意味があった。
ほんのちょっとの憧れはあるけれど、同じようにはなれない。
それが今、そいつと同じ道筋に引き込まれようとしている。
髪を染めた程度では済まされないところへ。

僕は言葉を失い、俯いたまま、そいつの前に立ち尽くしていた。






斜め前の席ががらんと空いたので、窓からの景色が良く見えるようになった。
皆がその話を口にする事も次第になくなり、
そいつのいなくなった毎日に徐々に慣れた。
僕は前と同じように、机に座って平凡に過ぎる毎日を、
平凡とすら感じないまま授業の終わりを待っている。


ただ、そいつの席から、そいつが見ていたはずの景色を
自分の席から眺めた時に、小さな痛みがよみがえるのは、
まだ消えそうにはなかった。

僕はそいつの本当の事を知ろうとしないで、
格好だけの友達を望んでいたんだろう。
それがそいつをどれだけ傷つけたのか、僕には計り知れない。

そいつはクラスで、いつも一人きりだった。
机に頬杖をついて、窓の外を見ていた。
弱くて、不安で、きっと打ち明ける勇気すら持てない、
僕と一緒のそいつの本当の心を僕は、知ろうともしなかった。


あれからのそいつの様子は、色々な噂が出たけれど、
本当のところは僕にはわからなかった。


休み時間、空っぽになった席に、僕は腰掛けてみた。
使われない机にたまった薄い埃が舞い上がり、
光の中でぐるぐると動き続けている。


小さな飛行機が、高くなった秋空で
雲を細く引っ張って線を描き続けるのを、
僕はそいつがいつもしていたように、頬杖をついて、
しばらくの間、眺めていた。




 >>>   -- 06/10/30-02:31..No.[177]  
   


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