僕の作文





将来のわたしについて、という作文を書かされた日に、
僕は初めて煙草を吸った。


作文とは名ばかりで、技巧を要求される小論文の練習だった。


同じ言葉を幾度も繰り返してはならない。
僕ではなく、私はと書かなければならない。
ぼやけた仮定でなく、具体的な内容でなければならない。
読み手に分かりやすい字でなければならない。


薄っぺらい用紙の中に将来のわたしについて
語る文字を続けている時に、
僕は将来のひとつも思い付かずに文字が綺麗な線になる事だけに
意識を向けた。


日付が変わるたびに早まる夜は、冬の匂いを連れて来る。


先生が、僕の将来を綴った用紙を斜めに摘んで眺めている間の
数分しかない沈黙の間中、先生の身体にまとわりついた
煙草の匂いが気になった。

目許を上げて、先生の黄ばんだ前歯を少し見た時、
色が変わったくたくたの座布団を敷いた椅子が軋んで、
先生は俯き加減の僕へと向いた。

最初に少しだけ褒めてくれて、
後は内容が平凡だといった具合の感想だった。

書き方が決められている小論文で、
他人と違ったやり方を笑いまじりに僕に求める先生に、
小さな声で頭を下げて、僕は職員室を出て行った。



僕も周りも真っ黒になった屋上で、
僕は初めて煙草を吸った。
煙の白い色だけが、妙に浮かんで目に映った。


何かにならなきゃいけなくなった、
けれども僕はなにになれるのか、どころか
今からなにをすればいいのかも、わかっていない。


煙草を縦にして紙の上へと押し付けたら、
黄色くなったすぐ後に、
じわじわと黒い穴が広がった。


生き生きとして、未来への夢の熱弁を振るう文章の中の僕は、
偽物どころか知らない他人のように思えた。



誰も来ない屋上で、
僕は初めて煙草を吸った。
冷たく渡る風に紛れて、煙が吹っ飛ばされていく。

自分の袖で嗅いだ匂いは、
先生のとは違うように思えた。





 >>>   -- 06/10/29-01:41..No.[176]  
   


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