綾小路櫻子の独白




あたしの名前は綾小路櫻子。




成績優秀、スポーツ万能、しかもお家はスペシャル大金持ちの、
超超超、ちょう、チョウ美少女な、小学3年生。
みなさん気軽に「櫻子様」と呼んでくれて結構ですわよ。



パパとママはふっつーのひとね。
こんな美少女を娘に持ってるんだから、もっともっともおーーーーーっと鼻が高くてもよさそうだけれど、
パパはおぼっちゃまの世間しらずだからしょーがないわね。


じいやの平泉はとっても優しくてパパとあたしの運転手もしてる。
でも最近は腰痛がひどいらしくて、パパのお許しが出たからもうすぐトウジバ…?という所に行ってしまうわ。
淋しくなんてないけど!ぜんっぜん淋しくなんかないわよ!


平泉の代わりにやって来るのはボンクラよ。
「ぐそく」っていうんですって。
あたしも忙しいのになんでぐそくの世話までしなきゃならないのかしら。
ハア。大変よね、おとなの女は。











あたしにはいま悩みがある。

まあ?あたしはなんといっても綾小路櫻子だから悩みなんてすぐ解決できちゃうんだけど、
今度はちょっと大変そう。いえ、だいぶ大変なことよ……


え?聞いてくれる?くれるってなによ失礼ね!!
まあ?あなたがそこまで聞きたいっていうのならしょうがないからあたしが直々に説明してあげるわ。
本当、しょうがないわね。本当は忙しいんだけど特別なんだから。














あたしは小学校でも櫻子様、櫻子様と大忙しだ。
しかしクラスのバカな男子たちはあたしを「櫻子様」と呼ばないうえに
「綾小路」がうまく言えないらしくて「あやこうじ」「あやこうじ」と呼ぶの。
ホンット、男子ってバカでがさつできったなくて、まいっちゃうわ!!


クラスであたしは委員長をやっている。
ま、当然よね。他につとめられるわけがないんだから。
バカ男子をまとめあげたり、櫻子ちゃん

ちがうわよ。櫻子様とあおぐ女子たちに頼られっぱなしで、休む暇なんてちっともないわ。
ああ、綾小路櫻子がこんなに成績優秀で美少女でさえなかったら!!



……スポーツ万能を忘れたわ。つけたしておいて。何?たまたまよ。たまたま。



そんなあたし中心のクラスだから、係の割り振りも重要よ。
バッカアッホ男子はすーぐにサボるし、女子だって「こんな係いやー」「誰々ちゃんと一緒がいいー」とか言い出すし、
あたしがビシっと決めてやらないと何も出来ないようね。これだから子供はダメよ。ふう。



誰も立候補しなくっていつもあまっちゃうのは『お花係』。
担当はひとりだし、朝早く学校に来て花の水かえをする、とか、お花が枯れたら取り替える、とか、
地味なわりに面倒くさいっていう、どう考えてもいらない係よね。


だからあたしは大っきな声で
「まだ係やってない人いないの!?誰かが『お花係』をやらないと学級会が終わらないのよ!!」
と、言い続けるはめになるわけ。
この時ばかりはいっつもバカ騒ぎしてる男子もシーンとして下向いちゃうのよね。だらしないわよ。



そしたら、もし教室が静かじゃなかったらぜんぜん聞こえないんじゃないの?っていう声で、
「僕やります」ってよろよろっと手を上げた男子がいたの。

小林君?小早川君?だったかしら。

そうそう、近藤君っていうのがいるんだけど、これがもうひどいバカ男子でしかもその中でもバカリーダーみたいな
感じだから、名前の順で覚えていると、そっちばっかり思い出しちゃうから、小林くん、そうそう小林君の事は
みんな忘れちゃうのよね。あたしもそう。だった。



小林君は成績もふつうだし、スポーツが出来るわけでもないし、地味グループ(といっても2人だけど)で
とりあえず男子ってことくらいしか知らなかったから、まさか誰もやらない『お花係』で静まり返ってる教室の中で
発言どころか立候補するなんて、あたしも予想してなかったから、ちょっと、いえだいぶ驚いちゃったわ。


でもみんなも早く帰りたがってたし、もちろんあたしも帰りたかったから、『お花係』はさっさと小林君に決まって全員一致。
その日の学級会は終わったわ。








それからしばらくしてから、かしら。
花びんが割れていたの。いえ、割られていたのが正解ね。








その日、あたしはパパが早い時間に出なきゃいけないお仕事だったから、あたしも学校には早く着いてた。
校庭に誰もいないし、もしかして誰もいないのかしら、なんて。
ちょっと。ちょっとよ?ほんのちょっとだけ、怖いなって思いながら教室に入ったら、
たったひとり小林君がいたわ。


あたし、おはよう、って言う前に、あんまりびっくりしちゃったものだから、
「どうしてこんなに早くいるの!?」って先に言っちゃったんだけど、
そしたら小林君、虫が鳴くみたいに小さい声でボソボソって
「お花の水かえしないといけないから…」って言ったっきりなーんにも喋らないの。

あたしね、小林君、そこはまず「おはよう」じゃないかしら!って思うんだけど!!



…ま、まああたしも、後からちゃんと言ったのよ!?でもすぐ花びん持って水道のほうに行っちゃったんだもん!!

しょーがないわよね!っていうか小林くんって本当、暗いし地味だし何考えてるかさっぱりわかんないわ!!
でもちゃんと毎朝水をかえてるんだ、って思ったら、バカ男子でも小林君のこと、すっこーーーーし、だけ見直したわ。







そしてその日のお昼休みが終わって、みんなが教室に戻って来たら花びんが割れてたってわけ。






ええ大騒ぎよ。怪我でもしたら危ないからあたしがすぐ職員室に行って、先生が来てからやっと片付けたんだけど。
だって誰も知らないっていうのよ?午前中にはちゃんと花びんがあったんだから、お昼休みのうちに壊れたに決まってるじゃない。


そしたらあのバカ近藤!…くんが、ひどいのよ!

「『お花係』の小林が朝の水かえを忘れたから、昼休みにやった」「そんとききっと落としたんだ」
なんて、とんでもない事言い出したの!


あたしハッとなって小林君のほうを見たんだけど、他のバカアホ男子が近藤と一緒になって騒ぎ出してたから、
じいっと下を向いて動かなくなってた。
女子だって地味であんまり喋らない小林君が、やったんじゃないかって、そんな目で見てたと思うわ。


あたし、本当に、頭に来ちゃって、バッと席を立って、
「朝、あたしは小林君が花びんの水をかえてるのを見ました。だから絶、対、に、小林君じゃありません!」って
わざと近藤の方を向いて発言したわ。



何となくわかってた。これは近藤のやった事だって。



先生は困ったような顔をして、小林君に「どうなんだ」って聞いてくれたわ。
でもやっぱり小林君は何も喋らない。さっきと同じ格好で、だまって下向いてるのよ。
ここでどうして何にも言わないの!?黙ってたら疑われるだけじゃない!!って、あたしもうとってもとってもイライラしてたから、
「朝早起きして水かえしてる小林君に罪をなすりつけることは、花びんが割れたことより問題だと思います!」って立ったまま言っちゃったわ。
近藤がうつむいたのが分かった。



バカ男子があたしに食ってかかってきたけど、さっきまで小林君を疑いの目で見ていた女子が一気にあたしの意見にのっかってきたから、
もうクラスは「男子対女子」になってた。
ここであたしが折れるわけにはいかないでしょ?
だってふだんから教室でサッカーボールを蹴りあってる近藤や男子を、あたしを含めて女子全員が見てる。
近藤はすっかり元気がなくなって小林君と同じような格好して、さっきからぜんぜんしゃべらないけど、そんなのもう関係なかった。


クラス内が議論する雰囲気でどうにも引っ込みがつかなくなった時、その時よ。
小林君が、『お花係』を立候補した時と同じように、ひょろひょろっと手を上げたの。


先生が「はい、小林」って言ったから、それまで大騒ぎしていた男子も女子も、シーンとしちゃって、
みんなが小林君を見たわ。近藤も、チラっと顔を上げて、小林君を見ていたみたい。




あたしは期待してた。
僕じゃありませんって。僕は毎朝ちゃんと早起きして、学校に来て、水かえをしています。
だから花びんを割ったのも僕じゃありませんって、小林君が胸をはって堂々と言ってくれるのを、待っていたの。









でも。違った。








小林君はいつものように、小さい、小さい声で、ボソボソっと言ったわ。
「僕が水を換える時に割っちゃいました。ごめんなさい。」って。
























あたしはその日の放課後、小林君と話をする必要があった。
おかしいわよ!!おかしいわよ!!どう考えたっておかしいわよ!!だってそうでしょ!?
小林君と近藤は別に仲良しじゃないのよ!?いいえ、むしろ近藤はちょっと小林君をバカにしてたみたいだし!!
それを抜いたとしてもよ!?おかしいじゃない!!なんでやってもいない事を「やりました」って言う必要があるのよ!!
そんなの絶対絶対ぜーーーーーーーーーーーーーーーったいに、おかしいわよ!!!


小林君は先生に呼び出されていたから、あたしは教室で小林君が戻って来るのを待ってた。
近藤はいないようだった。ランドセルが見当たらないもの。あのバカ自分でやっておいてどこまで根性なしなのかしら!!!
…なーんて、あたしがプリプリしてたら小林君が戻って来た。
あたしの顔を見て、なんでか知らないけど笑ったみたい。どーして笑えんのかしら。こんな時に。




「花びん、新しいの持って来るって。」
小林君があたしが喋り出す前に言った。ちょっといつもより声が大きい。



「そんなことよりどーしてやってもいない事を!!」って言おうって思ったけど、
まさか小林君が新しい花びんを持って来るのかと思ったら、
あたし言うより前に腹が立って腹が立っちゃって、もうちょっとでヘラヘラしてる小林君にビンタしちゃうところだったわ!




「近藤君が持って来てくれるって。」




えっ、て思った。
なんで、とか、そういう言葉がぜんぶどっかに行っちゃった気がした。
ポカンとしてるあたしの代わりに、無口な小林君だからあんまり喋りなれていない感じで、ポツンポツンって話はじめた。




「あとから職員室に来てくれたんだ、近藤君。俺が割りましたごめんなさいって。」





そうか、近藤は謝りにいったんだ。
あたしは、小林君が喋ったことにおいつくのが精一杯だった。






「近藤くんにごめんなって言われた。でも僕もごめんって。嘘ついちゃって。」






小林君は嬉しそうだった。なんなんだかさっぱり分からない。
あたしはあれだけ一人で大騒ぎしてクラスを巻き込んで、結局置いてきぼりにされたんだろうか。
男子どうしで片付けちゃって、なによ、あたしこれじゃバカみたいじゃない。





でも、どうしてだろう。そんなに悔しくなかった。










「綾小路、僕の事かばってくれたよね。」











ポカンって開いたところにギュッと入り込んで来た言葉だった。
小林君はあたしの事を忘れてなかったの。それがすごく嬉しかった。まずいくらいに、嬉しかった。
どうしよう。どうしよう。あたしは混乱した。



「こっ、小林君はどうして『お花係』に立候補なんかしたのよ!」
話題を変えないとだめだって思ったのよ。あたしなんで泣きそうなのよ。
だからもう、ペラペラ喋れば無口の小林君なんてずーっと黙ってるわよね!そうよ!!



「だってだって、『お花係』なんて水を換えるだけだし、地味で退屈で大変でしょ!?誰もやりたがらないもん!」
小林君は黙ってる。



「お花が好きなら、『園芸係』とかやれば良いじゃないの!手入れだって必要だし、でも毎日じゃないし!」
小林君はまだ黙ってる。なんでよ。ちょっとくらい喋りなさいよね!!




「花びんのお花は枯れちゃうけど、花壇のお花ならもっともっと咲いてるでしょ!そっちの方が楽だし楽しいんじゃないのかしら!?」 



結局、あたしがずーっと喋ってる間、小林君は黙りっぱなしだった。
本当、わけがわからないわよ。うん、とも、そうだね、とも言わない小林君は、あたしと同じ生き物なのかしら。




そうやってしばらく黙ってから、いつもじゃない聞きやすい声で話をはじめたわ。










「知ってる?綾小路。」
何をよ。


「花の先っぽの方に塩を塗っておくと、枯れにくいんだよ。花びんのお花も。」
へえ。で!?だからなんなのよ!!!







「もちろん、花壇のお花も手入れは必要だけどー…」
小林君がランドセルを背負った。驚いた。意外と背が高かった。今まで気が付かなかった。







「花びんのお花もつぼみが咲いたり、水をかえないと腐っちゃったりして、ちゃんと生きてるからさ。
誰かがやってやらないとダメなんだ」







あ、って思った。
そうか。小林君は、誰もやりたがらないけど、誰かがやらなきゃいけない事だって、気づいてたんだ。
あたしは係なんて割り振ればそれで済むと思ってたし、むしろ『お花係』なんていらないって思ってた。
でも、小林君は違う。この係が、ちゃんと意味があるって、分かってたから、あんなに毎日早起きして来れたんだ。












「今日、ありがとう綾小路」

















どうしよう。
あたしは、たぶん、小林君が好きだ。























どうしよう……
綾小路櫻子にとっての、大問題なのよ、これは………

ちょっと!?
ちょっとあなた!!そんなところでニヤニヤしていないで何とかしなさいよねっ!!




 >>>綾小路櫻子   -- 08/02/12-06:58..No.[194]  
    綾小路櫻子の独白。


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