上野修悟の独白


正直に言う。
最初から君の事は苦手だった。


俺を見る目つきはどこか物欲しそうで、
こちらに近付く様子も何だか甘ったるくて、面倒だった。
君はあまり人を疑わない。
誰に対してでも、すぐに打ち解けようとする。
それを決して憎からず思う気持ちが、俺にもすぐに生まれてしまった。

俺にはそれが、厄介だった。


思い返せば、あの時の心に引っ掛かった何かが、
今の俺の中に、確かに根付いてしまったものの手がかりになっている。


今では、俺は君の姿を見るだけで、すっかり幸せな気分になってしまう。
俺の中にこんな感情が眠っていた事、それと、それが揺さぶり起こされた事、
その居心地の悪さすら、君への愛しさが重なり続けていつしか忘れてしまった。


一緒に歩いている事、同じ景色で過ごしている事、
ふざけてじゃれあっているうちに、俺に飛び込んで来る君を
この腕で抱き止めている時、じわじわと湧き上がる控え目な愛情が、
俺の心のとても深いところで、
いつの間にか愛情という言葉で確かな輪郭を帯びて、居座っている。


けれど最近、君と過ごしている時にだけ、良く考えてしまう事がある。
いつか君が、俺の目の前から消えてしまう時が来るのだろうか。
俺は、未来は進むものとばかりだと思っていた。
怖れるなんて、今まで知らなかったことだ。


けれど、こうも思うんだ。

俺と君とが過ごした時間が与えられた事実に、意味があるはずだと。
怖がるばかりで君を掴むための手を伸ばさずにいる事で、後悔はしたくない。


俺のこんな思い悩みは、きっと今を精いっぱい楽しんで生きている君には
関係ないんだろう。
なぜなら、今、君はただ、俺と歩いている事がひたすらに楽しそうだから。


今日も君が元気だ。俺も元気になれる。
君が楽しいのなら、俺も楽しくなれる。
それだけで良い、それが全てなのかもしれない。













「で、上野はどうしたのかしら。」
「犬の散歩に行っております。」
「ええ、そうね。そりゃ知ってるわよ。」
「はあ。」
「そうじゃなくて。」
「はあ。」
「最近、上野は、どうしちゃったの。」
「どうしちゃったの、とは。」
「色々、どうしちゃったの。色々。」
「……可愛がってるんじゃないですか」
「可愛がっているにしても」
「櫻子様。」
「ちょっとアレじゃない」
「アレとは」
「アレよ」
「アレですか」
「……ちょっとね」
「………そうですね」




【今度は愛犬家】




 >>>上野PL   -- 10/08/11-12:53..No.[210]  
    登場人物:上野と犬

「上野修悟」について:
有海高校OB。
卒業後、なんだかどうした事か、執事に就職する。
短気、粗暴、剛腕、強面。
最近、仕事先のお宅で飼われている室内犬の面倒を見ている。

特徴:ロマンチスト。


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