Kiss One More Time


「してみろよ、あいつにしたみたいに。」

 自分で口にしてる言葉が信じられない。

 目の前にいるのは特に仲がいいわけでもないクラスメイトで、挨拶くらいはするけど、ただそれだけの関係。
 
 「あいつ」とはきっと全然違う。


 給水塔の上、サボって寝ていたらフェンスが揺れる音で目が覚めた。
 ケンカかよ面倒くせえなあと覗き込んだ俺の目に飛び込んできたのは、重なる二つの影。

 まさかと思った。

 男子校だから、噂程度は聞いたことがある。

 誰と誰が怪しいんじゃねえのとか、先輩には実はそっちの気がある人がいてどうこう、どこの教室に使用済みのゴムが落ちてたとか、そういうの。

 でもそれはワイドショーより現実味のない曖昧な娯楽で、まさか自分がそんな場面を目撃するなんて思ってもみなかった。

 声なんか聞こえるはずのない距離で、それでも二人の息遣いまで聞こえそうな沈黙。フェンスに身体がぶつかる音だけが響く。

 気がつけば俺は、息を止めて二人を見てた。ずっと。



「なあ、見たんだよ。俺。お前とあいつがキスしてんの。」

 帰り道、追いかけて声をかける。
 いつも通り、かったるそうなクラスメイトに向かって。
 呼びとめた俺の方は、相手の唇が妙に生々しくて、真っ直ぐ顔を見ることもできない。

 ハァ。それがなにか?と言わんばかりで溜息混じりの迷惑そうな返事。

「してみろよ、あいつにしたみたいに。俺に。」

 眉が動く。こんな顔するヤツだったのか。
 1年同じ教室にいたのに、全然知らなかった。

 暫くジロジロこっちを見た後、ククッと喉を鳴らし、俺の横をすり抜けていく。普段の挨拶と同じ、肩を軽く叩いて。

「待てよ…!俺は」

 情けない声。いつもと何も変わらない様子で手を振って遠くなる背中を、ぼんやり見送るしかできない。

 知ってる人間の、しかも男同士のそんな場面を見たから動揺してるだけ、きっとそうだ。無理やり気持ちを落ち着かせて、暗くなった校舎を歩く。


 あいつになら、どんなふうに触んの。お前。



 >>>目撃者   -- 11/02/06-19:08..No.[222]  
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