トランキライザー

またやっちゃったよ
ごめんなさい。
謝ってもしようがないよね。
傷だらけの腕をかかえて
血塗れのカミソリを持って
バスルームでオレはヒトリたたずむ
赤い液体が、ぽたぽたと滴る度に
あぁこんなにキレイなモノが自分の中にあるんだって
そう思える。
生きている、とそう思えた。
カミソリを縦にぐっと押しつけ
一気に下へと切り裂いた。
新たなキズグチがまた一つ、ばっくりと手首に開く。
もう何度この行為をしてきたんだろう
何年、続けてきたんだろう
痛みの中でしか、生きている事を再現できない自分に
ふと嘲笑が浮かんだ。
泣けない。

「ぉい…またやったのか?」
人の気配に静かに顔をあげると、苦い顔があった。
「ぅん。今、片づけるから。」
立ち上がると、シャワーでざっと血を洗い流す。
「ごめんにぇ、汚して。」
「…まお。」
背後から抱きしめられ、吃驚してオレはシャワーを取り落とした。
右手をぐいと握られ、カミソリを取り上げられる。
「なぁに?」
「……手当を。」
未だ血が拭えていないバスルームで抱き合うって、微妙。とか思いつつ、オレは頷いた。足元でザァザァと取り落としたシャワーヘッドからお湯が流れていく。
腕からも、ぽたりぽたりと赤い雫が流れていく。
服を汚したらマズイよね、と妙に冷静に思って、抱きしめる相手から離れた。
「…此処片づけたらにぇ。」
「それよりこっちの方が大事だ。」
シャワーを止められ、強制的に寝室へ連れて行かれる。
消毒をし、ガーゼを当てて包帯を巻かれた。
何度この行為をしてもらっただろう。
君はいつも優しい。
「……」
「……」
無言で、包帯を巻かれていく。
オレは、巻きやすいように腕を上げる。
窓の外を見てみた。
眩しいくらいの青だった。
通りからは、下校するらしきコドモの声が聞こえて、
なんだか其処だけ現実的で、オレは笑ってしまった。
「何を笑ってるんだよ?」
苦い顔の相手がオレを見る。
「ううん、なんでもないアル。」
巻き終わり、包帯止めを付けられて、オレはベットに横になった。
「飲んでおけ。」
クスリのパッケージが握らされる。
レキソタン、10r。
「いらないよぉ。それほどじゃないもん。」
「…そうか。」
言葉とは裏腹に、オレはデコをバチンと弾かれた。
「それほどじゃない、なら腕を切るはずがないだろ?」
「……」
「オマエは、オレの気持ちを知らないだろ。オマエが、腕を切る度にオレがどんな気持ちか。自分の無力さに、うんざりしているオレの気持ちが。」
「……」
溜め息をつくと、相手は言うのを止めて毛布の中に潜り込んだ。オレは、その腕の中に潜り込む。
「……太陽が、眩しいよ。」
無言でカーテンを片手で閉める腕を見つめ、それから安堵してオレは目を閉じた。

生きてゆける、そんな気がした。
生きている、ではなくて、生きてゆける。
相手の心臓の鼓動を聞きながら、オレはそう思った。
君が、オレの、トランキライザー。




 >>>ナナシ   -- 04/05/09-19:38..No.[4]  
    重いです。シリアス(ビミョウ)です。
さぁ相手はどなたでしょう。(ぇ)


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