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 金曜の夜、家へ帰る地下鉄の中でつり革に掴まりながら藤尾は溜息が止まらない。

 なんでこうなった。



 消臭剤の匂いの篭る都内某所にあるカラオケ店の個室には、同じ年頃のスーツ姿の男六人が窮屈そうに座り、男性アイドルグループが踊る画面を鑑賞している。全員が都内に有る同じ商社に勤めるサラリーマンである。
 上座に座る営業一課の(自称)向井理は、一軒目の居酒屋ですでに出来上がっていたのかノリノリに腕を振るって隣の背の高いメガネの腕に当て、嫌な顔をされている。(自称)向井理は、今回集まろうと号令をかけた男で、この中では最年長で普段はとても面倒見の良い先輩ではあるが、酒癖が頗る宜しく無いので有名である。メガネは自分の同期で、酷い失敗をするわけでも無いのによく(自称)向井理の「愛の説教部屋行きに」なる不幸な奴だった。


 卓を挟んで向かいには同じ一課の三人が、顔は一応画面に向けているといった風でジョッキを傾けていた。奥の二人、ジョッキを上げる腕が揃って、一瞬ずらしたのが中山(仮名)さんで、隣は仕事でも私生活でもマイペースでマイウェイなザル先輩だった。中山(仮名)さんは自分の三期上の先輩で、先日会社の送迎会において、信楽焼きのアレにそっくりな総務の部長に上着を取り違えられ、残されたライトグレーでダブルの名前刺繍入りジャケットのせいで暫くその名前を呼ばれおいしいと弄られ、普段目立たない彼が一躍時の人となった事件があった。
 ザル先輩は中山(仮名)さんの同期に当たる人で、仕事の成績は良いがやり方が会社の方針と合わず、偶に部長にちくちくやられるが、もろ「聞いてませんがなにか」という顔で更に火に油を注ぎ、定例会議が時間超過するまで部長のちくちくが続き、出席している他の営業のHPをそぎ落とす結果になっていた。暖簾のあだ名もあるが、ビール26本伝説があるのでザルの方がかっこいいと思う。寝ゲロのオチ付で。
 その隣、一番手前は濃いイケメンで、自分より一期上の先輩である安部ちゃんだ。阿部ちゃんは言わずと知れた某コメディ推理ドラマとかで有名な男優そのまんまのあだ名だ。性格も穏やかでどちらかと言うとボケだが、本当にいい男だと思う。ただ、背があれほど高くない事だけが残念であろう。この中でも一番ミニマムだ。


「ひゃくね〜んさァきもォ、」

(自称)向井理はご機嫌で、目まで閉じて入り込み、マイク無しにこの音量に負けずに歌っている。付き合ってる筈なのに片思い状態の彼女へ向けているのか。有名なラブソングに、駄洒落のごとく彼女の名前を入れて歌って捨てられかけた過去は、女子社員を大いに引かせていた。

 目の前の中山(仮名)さんは、画面を向く頭が軽く揺れているが、明らかに曲も歌も聞いてはいなかった。ですよねー。





 >>>長いです   -- 11/11/06-08:19..No.[231]  
    このまま4まで有ります。


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