2004年の初夏。よく晴れた昼下がりに、それは我が家にやってきた。 茶色くて、丸っこくて、ふさふさしている。 短い脚でぽてぽてと歩き、少し歩いてはぺたりと伏せる。 後ろ足から見える肉球がたまらなく愛らしい。 手を出せば、ふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、首の付け根あたりを指で撫でてやれば、尻尾を振って手に飛びついてくる。 「………かわいー…」 もはや感動にも似た気持ちで呟けば、隣で勢い良く縦に首を振っているのは同居人。 大きな身体を丸めて、壊れ物に触るようにその手を仔犬に差し出した。 犬を飼いたい。 そう言いだしたのは、どっちからだったかもう覚えてはいない。 が。 「小型犬が飼いたい」 「いや、大型犬だ」 まずそこで意見が割れ、言い争う事1年以上。 じゃあ、中型犬にしようか。そんな妥協案に2人が首を縦に振ったのが今年の春だった。 「きゃー、かっわいい♪」 仔犬を買ったというメールをしたら即日やって来たのは旧友の赤坂京香。旦那の帰りはともかくとして、娘二人の帰りすら待たずにかけつけたのは、母親としてどうなんだろう?いや、こういうヤツだって良く知ってるんだけど。 「えひゃはははあは!ちび〜、ちび〜!!」 指差してけたたましく笑っているのは藤居亜蘭。かつて時夫のチームで『悪魔』の異名を取った男は、10年以上経った今も大人になりきれていない(…) 京香が撫で回しても、藤居が大声で笑い転げても、仔犬は怯える事も怯む事も無く、尻尾を振っている。人見知りをする犬種ではないとはいえ、うちで飼うに相応しく肝は据わっているのかもしれない。 「それで、名前はもう決めたの?」 仔犬を抱き上げて、京香が問い掛ける。 「実は、まだなんだよなー」 手を伸ばして頭を撫でれば、尻尾を振りながら見上げる目。 …なんて可愛い生き物なんだ。 ウォルシュコーギーは数あれど、うちのが世界一可愛いのは間違いない。 今、決まった。てゆーか、俺が決めた。 文句があるなら俺と時夫が相手になるぜ! 仕舞い込んであるかつての得物の置き場を思い浮かべていたら、藤居の手が愛娘(認定)を攫っていった。 「お前名無しかよ、ちびぃ〜〜〜!」 普通の人間なら発する事もないような異色の笑い声を上げながら、愛らしい鼻っつらに唇を近づける。 どか。 ばき。 同時に炸裂した蹴りと拳。 落ちそうになった我が家の天使を京香の手が掬い上げた。 「過保護なパパ達で、これからが大変そうね、ちびちゃん?」 ぺろりと小さな舌が京香の唇を舐める。 俺も時夫も、京香相手なら文句は言わない。 何はともあれ。 悪い虫を退治すると同時に、こいつは敵だという危機感を持たせる為にも大の男3人の取っ組み合いは暫く続いた。 「―――――で。まだ名前は決まってないの?」 夏休みも終わりに近い頃、我が家の姫の地位に君臨した彼女の名は、まだ決まっていなかった。 「ちびちゃん、お名前まだなんだー?」 「桃香が付けてあげるよー」 京香の娘の彩香も桃香も、すっかり仔犬の愛らしさにやられて連日通ってきている。 赤坂家の主である橙也は今日も休日出勤らしい。月末のサラリーマンは大変そうだ。 「意見が合わなくてなー」 俺と時夫の意見の相違から、中々決まらない名前。 結局周囲はとりあえず適当に呼んでいた。 「だから、珠姫号だって言ってんだろー?」 「京香んちの『金剛子』再来みたいな、ゴツイ名前つけんじゃねぇ!」 「狽れは俺がつけたんじゃねぇよ!」 引き取り手に困っていた可愛らしい捨て猫。 可哀相な彼女の名は、面白がった京香により、『金剛子』と名づけられていた。 「えー?じゃあ、この子は『風神子』?」 京香のあながち冗談でもなさそうな提案に、慌てて首を横に振る。 「アイリスだ、アイリス!この愛らしいつぶらな瞳に相応しく可愛い名前をつけるんだ!!」 『こんな重要な事をじゃんけんで決着なんて!』 そんな発想から話し合いにしようと言ってみたものの、中々決まらない。 このままじゃ、仮称で定着しそうな…… 「ユキもトキも頑固なんだから…。とばっちりで可哀相にね、ちびちゃん?」 すっかり京香に懐いた我が家の姫が、子供たちの手から逃れて京香の元へと寄って行った。 「………………………。」 「………………………。」 「………時夫。お前、『動物のお医者さん』って漫画知ってるか?」 「…………………あぁ、知ってる」 俺の言わんとしてた事は、すぐに伝わったらしい。 「「………………ちびー?」」 声を揃えて言ってみれば、尻尾を振った天使が満面の笑み(※飼い主にはそう見えるらしい)を浮かべて駆け寄ってきた。 「……そうか。お前の名前はちびか……」 がくりと頭を垂れて頭を撫でる時夫。 「…ハムテルの気持ちが良くわかったぜ………」 膝の上に乗り上げてくる、小さな我が家のお姫様。 命名『ちび』 つぶらな瞳の我が家の姫は、こうして至極平凡な名となってしまった。 |
>>>松原PL -[URL] -- 04/09/10-18:07..No.[34] | |||
何気にシリーズだったのに、書いたのは2年ぶりとかか?(爆) オリキャラ満載でオリジナル小説状態ですが、まぁ教師にもプライベートはあるって事で…… ちなみに時夫=神谷時夫@美術教師ですが、説明するまでもないかと文中には説明ありません(不親切設計) 『せんせい。』シリーズは……まぁ、またいつか…(目反らし) それぞれ以前書いたものはうちのサイトに置いてありますので、藤居ファンとかは、そちらで… 松原の現在の携帯待受けは日替わり犬画像です(すっかり親ばか) |
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