クリスマスの夜、 部屋のベッドに寝転びメールを打っていたら、階下から母親に呼ばれた。 作りかけの文章をぽーいと布団の上に落として部屋を出て、ジーンズのポケットに両手を突っ込み階段を駆け下りる。 暖房機器の充実していない廊下は、瀬名にとっては危険ゾーンだ。 肘でドアの取っ手を捻り、薄くできた空間に身を滑らせて足でひょいと扉を閉める。 奥のダイニングルームに座る父が見えたが、敢えてコタツに脚を差し入れた。 前屈みになり出来る限り身体を温もりの中へと押し込んで、机の上に顎を乗せる。 布団の中で漸くズボンの中から手を引っ張り出し、握ったり開いたりしていると、後ろから自分とよく似た、それでも自分よりも深みの増した声が届いた。 「漸、こたつがいいの?」 「うん、」という音のかわりに机に載せた首を上下させると、並べてあったのだろう食器を重ねるカチャカチャという音が返事として戻ってくる。 小さな花のプリントされた皿を三枚、その上に銀色のフォーク三つを添えて、父親がこちらへとやって来た。 四角い机の三辺の前にそれぞれの食器が用意されていくのを、瀬名はただぼんやりと見詰める。 暫くして、ケーキの箱と紅茶が乗った盆を両手で支えた母親がやって来た。 「あれ、お父さん。ダイニングにおらへんかった?」 先程まで夫のいた空間に視線を投げつつ、母親はもくもくと自分の仕事をこなしていく。 湯気の立つカップをそれぞれの傍へ置いてケーキを切り分ける彼女へ、父親が言葉を遣る。 「うん。こたつの方が、温かいしね。」 「メリークリスマス!」 はしゃぐ母親に、「昨日も、やったよ。」 そう言って、瀬名はコタツの中で手を開く。 「漸、高2にもなってクリスマスの夜2日とも家におるってどうなん。彼女おらへんの。」 瀬名が作ろうと試みたものなら一生かかっても仕上げられそうにない、複雑に作られたデコレーションケーキにプスリとフォークを突き刺して。 そんな言葉を吐き出したせいで空になった口の中へ、甘い芸術作品を放り込む母親。 「……僕が、今、好きなの。女の子じゃ、ないんだ。」 ややこしくなりそうなので、ケーキのかわりにこの台詞は飲み込むことにして、 瀬名は手をジャンケンのグーの形にする。 息子の沈黙をフォローするように、 「いいんじゃない?パパママ二人きりのクリスマスは、もう少し先でも。」 そう言って父親も、目の前のケーキをさくりさくりと減らしていく。 瀬名はただ、こたつの中で、 手を開いて閉じてを繰り返していた。 「漸、ケーキ食べへんの?」 両親二人の皿に乗ったケーキを併せてやっと、瀬名が手をつけていないケーキと同じくらいの大きさになる頃。 会話を中断させて母親がふと声を上げる。 「人参もバナナも入ってないよ?」 「折角昨日と違うケーキ買ってんよ。」 「おいしいよ。」 「前に漸、このケーキ美味しそうって言ってたやん。」 「苺もう一つあげようか?」 ・ ・ ・ 次々に浴びせられる言葉が止んでから、 「………見てる、だけで、…良いよ。」 相変わらずの前屈み姿勢でそう言って、温かい空間の中、親指を握り込んで柔く拳を作る。 瀬名が食べないことを気にしながら母親が最後の一口を食し、両親の皿から物がなくなったのを見計らい、瀬名は一度もコタツから出さなかった手をそっとポケットに突っ込んだ。 「ごちそうさま。」 食べてもいないのにそう言って、肘を使って立ち上がり、リビングを後にする。 来たとき同様、まるで隠すように手を使わずに。 瀬名が生まれてもうすぐ17年。 おかしな言動には慣れている両親の出した結論: ケーキの見た目が良過ぎると、息子は消えるのを哀しんで食べたがらない。 当分、家で食べるケーキはデコレーションの施されていないシンプルなものになるとも知らずに、瀬名はベッドに寝そべってメール製作に励んでいた。 いつもの数倍、時間がかかる。 それは、両手を毛糸の温もりに覆われていたから。 数時間前に学校で獅子崇にもらったクリスマスプレゼントは、彼の手編みの手袋だった。 包装を開けてからずっと、両親に見つからないようにしながらも瀬名はそれをはめていた。 どうしても今日は、外したくなかったのだ。 文章を作り上げて、送信ボタンを押した。 荒い編み目の手袋を映した双眸が柔らかく細まり、淡い微笑が浮かぶ。 送信完了を知らせる音が流れた。 ■本文 しっしー。 プレゼント、有難う。 ↓ ↓ ↓ ↓ 追伸 明日の朝、迎えに来て ね。 |
>>>瀬名PL -- 04/12/27-04:14..No.[49] | |||
やりたい放題支離滅裂技法も何もあったもんじゃないですが、 獅子崇にプレゼントもらったわーいを書きたかったんです。(…) 方々の約束消化しないと危険な感じです。 |
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