目の前で泣きじゃくる女を見ながら、両親に挟まれて向こうの家族とリビングに座っている自分が無性に滑稽に思えてならない。

「…非常に言い難いのですが…」
どうか子供はおろして頂けないだろうか。お嬢さんにも未来があるし、まだ息子も若いんですと隣で父親が机に手をついて頭を下げた。

「嫌だからね!ママ、私やだから…!!結婚して産めばいいじゃん…ッ、この子生きてるのよ!」
目の前の女が腹を押さえて喚く。あらゆる非はこちらにあると被害者面をした女を前に笑わないで座っているのは一苦労だ。
自分の事が好きでも無い男と結婚して、ガキを産み、何十年も暮らすグロテスクさにこの女は気がついていないのだろうか。

笑わないように下げた視線の先に、微かに震える手元が持つ湯のみが現れた。
視線を上げる。
目の前の女の、姉だ。
目と目が合う。

忘れられない眼差し、と言うのがあったらこれか。


この姉は学校の図書室で見かけたのが最初だ。何故か目に付いた。
大人しそうで、お固そうで、取り付くシマもない様子のその姉と違い、転入生の自分に妹の方は簡単に家に遊びに来いと言う。
行けば、姉の方が見られるかとなんとなく顔を出すようになる。
姉の方は挨拶をすると苦笑するかの様に小さく笑い、部屋へ消える。
その短いやり取りが妙に気に入っていた。
いっぺんだけバイクで遊びに寄って、はちあわせした家の前で会話した事がある。
「……バイク、好きなの?」
静かな声で訊ねられ、そうだと答えると少し驚いた顔をした。
「素直なのね」
案外、という響きの篭った声音に笑ったのを覚えている。


妹の方が「子供が出来たかもしれない」と騒ぎ出すまで、そんな調子で適当に過ごしていた。
よくもここまで騒げるもんだ…と感心するほどに、友人に、姉に、両親に…と騒ぎは広がり、今、自分はここに座っている。

目の前の「お嬢さん」の将来を。
そして座っている「自分」の未来について双方の家族と語り合う為に。





高校の屋上で、携帯に入ったメールを眺めながら、ふとその時の事を思い出した。

           『東京に行くのであいたいです。』

女ってのは凄まじい。薄く笑いながら画面を眺める。

騒ぎの規模、どちらかが転校でもしない事には格好がつかない有様になった。銀行員の父親はタイムリーに出た転勤の打診をすぐに受けた。
タバコを吸いながら一旦空を見る。
携帯に視線を戻すと5文字、断わりの言葉を打つ。

送信ボタンを押すと、肩で笑いながらタバコをフェンスで揉み消した。



 >>>SP   -- 05/01/11-02:11..No.[62]  
   


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