「……て、……内臓に…は見られませんで……骨折線…、右第8肋骨…痛みの…」 「………あの…うちの子どれくらい……学校へ…」 「…いえ、学校の……、…事故ですから…こちら……」 救急外来なんてところへ、生まれてはじめて救急車に乗って担ぎ込まれ、痛み止めを打ってもらったら、もうさほどでもない。 なんとなく熱っぽい気もするけど、歩いて帰れと言われたら、それも出来る気がした。 医者と駆けつけた母親と教師が話す診察室のパーテーション向こうで、簡易ベッドに座ってなんとなく漏れ聞こえる声を聞きながら、目の前の看護婦の風呂に入るなだの、バストバンドのつけ方だのに曖昧に頷き。 自分と同様に担ぎ込まれたもう1人はどうだろうかと考える。 途中から蒼城がこっちの診察室に来たところを見ると、あの後、命に係わったなんてことは無さそうだった。 「骨折より打撲痛の方があれよ、パニックだったんじゃないの。背中ねえ凄かったですもの。真っ赤で」 「後ろに転んだ時、あなたも頭打たなくて良かったわよ」 担架で担ぎこまれた程じゃなかったわねえと看護婦が、慰めるような明るい口調で声をかける。 大慌てすぎて重複して学校に呼ばれた救急車も既に笑い話の1つに、納まっていた。 看護婦の「慰め」を並べなおすと、要するに自分は、転倒した時にパニックを起こして、本来なら歩ける怪我なのに周り中をわーわー言わせた事になる。骨折も、今年に入って2回目だ。大体どんなドジな人間なのか。 「……かっこわるぅ…」 自分の怪我は救急病院なんてとこでは、さっぱり大した代物と言う風でもない。 びしょぬれだった髪は半乾きに戻ってるし、ぐっしょりの制服も、母親が持ってきたものに着替えて、徐々に出来事が遠くなるようだった。 一通り話が済んで、母親がシャッとカーテンを開けた。 視線をやると、女親らしく 「あら、目が三重になってる。…熱あるわね」と、顔を曇らせて、 「帰っていいって。陽ちゃん。……救急だとお薬が最小しか出せないんですって。…明日は学校お休みしてもう1回外来に来ないと。痛いのに面倒くさいわよね」 所謂痛み止めの、非ステロイド系抗炎症剤や、解熱剤の入った袋とレインコートを片手に持った母親が座ったままの自分の肩に軽く手をかけ、促す。 いつものように、「…あー……」と返事をしようとし、胸に響くような気がして頷くだけに留めた。 最近は頭の中が生徒会選挙で一杯だったのに、特にそれにも意識は向かなかった。 屋上で視覚的に覚えてるのは、自分が足をかけようと蹴った金網が大きく揺れたな、と、それが最後。 なんで蹴ったんだっけ。 もっと上手いやり方があった筈なのに。 その後にみた、地面を叩く雨や、手を着いていた床は、ぼんやりとした記憶。 「…美夏ちゃんがパパの世話してくれてるから…」 タクシーに乗り込むと、運転手に自宅を告げ、母親が携帯を取り出して家に電話をかけた。 自分は降り口に近いドアに凭れて、目を閉じる。 「……あ、…もしもし、美夏ちゃん?………悪いわねえ…、………ええ。…陽ちゃん、思ったより全然。…元気よ。………男の子だからこれぐらい…」 ささやかに笑い声すら混じる。 ああ、嫌だ。 …またあの従姉に借りを作ったみたいじゃん。そんな言い方すんなよ。 窓ガラスに頭を擦りつけるような身じろぎをしかかり、身体にある違和感に、動くのをやめる。 髪を除けるような仕草に紛れて手の甲で目許を拭う。 母親の電話が酷く耳煩く感じて、 「……早く切ってよ。うるさいなあ……」 それがその日、陽の最後に喋った言葉だった。 |
>>>ゆり -- 05/05/26-17:54..No.[119] | |||