「うその世界に生きて、きみは幸せかい?」 篠崎が、せせら笑うように私に問いかけた。なにが、うそのせかいなの、と。聞く暇もなく彼は続けた。 「きみのそのノート。表向きにはとてもきれいな表紙だね。肌身離さずきみがもっている理由も、みんなそれで片付けている」 薄い青に、白い花、瑞々しい緑、淡い雲、輝くのは太陽の光。生命力と、明るさに満ちた美しい風景。表紙に閉じ込められているのは、そんな写真だった。二度と、ぴくりとも動かずに、そこに貼り付けられている。 「でも、中には縛られて、悲しいと喚くきみがいるよ」 そこに描かれているのは、物語。短編も長編もいくつもあった。けれど、私に似ている主人公など、一度として出てきたことはない。主人公は、例えばテニス部の佐野さんとか、生徒会長の前原くんとか、それから、この――いつもみんなの輪の中心にいる、彼とか。そんな人柄ばかりを選んでつづっていた。 「そうだ。きみに似た人物は、一度も出てきてないよ。影も、形も、思想でさえもね」 だからこそ、だよ。だからきみのそのノートはおぞましい。 表紙に包み隠されて、誰にも見せまいと抱えられている。 「どうして?」 「きみはきみの存在を消したいんじゃないのかい?そして、そんな風になりたくて、物語を書いているんじゃないのかい?」 楽しそうに、おかしそうに、こらえるように、刺し貫くように。 篠崎は一人で笑った。瞳に、いつもの彼はいなかった。 「違うよ」 突然だった。笑いを遮るように、妙な間で彼女は言った。いつものおどおどした、怯えた様子は微塵もない。それどころか、篠崎に含み笑いまでたたきつけてみせた。 「踊りなさい。足が折れるまで、踊りなさい」 にっこり、きれいに口を歪めて、彼女はそういった。 「この中では、佐野も前原も貴方でさえも、踊ることしか許されないわ」 貴方がいつか、倒れるまで。 ノートは世界で、私は神。 貴方はただの、手駒に成り下がる。 「嘘だな」 「そうね」 その中には、現代社会を風刺した物語が一つ。転がり込んでいて。それからもうひとつ。親子愛を死んでも貫く物語。 隙間は落書きが埋めてくれて、文字はただ踊らずに並ぶ。 彼女がもうすぐ、有名な文学賞を取ることを。 彼も彼女も、誰も知らない。 |
>>>有野 このみ -- 05/09/12-18:20..No.[136] | |||
お初でしょうか?(聞くな 真夜中のギターの、 「愛を失くして 何かを求めて 彷徨う 似たもの同士なのね」 が、もともとのイメージです。 書いてるうちにこんなものに。なんでじゃ。 |
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