遠い影

初春の日差しが時折その葉陰から漏れて、僕達の瞳に様々な角度から光を映す。
大きな名もなき木の下で僕らは見詰め合っていた。僕は苦笑気味に、彼は無機質でいて微かに悲しみの滲んだ色浮かべる。
少し離れた場所から他の生徒達の声が聞こえる。
それは笑っていたり、誰かを呼んでいたり…。
けれども、ここにはあの和やかさはない。
世界から切り離された空間というような風が吹く。



「先輩は笑っているけれど、本当はどこにも行けないんですね。」

少し小柄な少年が言う。

「…そうだね。」

僕は只々、浮かべていた苦笑を深くする。
僕は思う。
彼のこの真白な心にはどんな風に世界が映るのだろうかと。
当たり前の様に真実だけを口にする、透明な存在。
僕と彼はあまりにも違う。
笑顔で本心を覆い、触れられる事を恐れている僕とは。
何を隠すこともなく心は剥き出しのままの彼。
手折ろうとする者はいない。捕らえられもしない。


あまりにも近く、遠い―――――


「行きたくないでしょ。安心できる籠が欲しいんだ。」

「うん。…君はどうなの?」

聞き返した。
彼が人間かどうか確かめたくて。
月に、鏡に心があるかが知りたくて。

「……思ったことがない人はきっとずっと、こんな事に気づいたりしませんよ。」

はっと、目を見開いて見た。
彼はじっとこちらを睨んでいた。怒っている様な…そんな顔で。
僕は気づいた。彼は等身大の少年なのだ。
天使のような存在という幻想を重ねられても…
彼は人間なのだ。
人を傷つけて悲しみ、自分を傷つけて苦しむ――。

「……ごめん。」

彼は答えない。
暫く僕らの間に、沈黙が降りた。


『――――』


校舎からチャイムの音が響く。

「予鈴だ。行こうか」

「はい。」

僕等は揃って廊下に向かって歩き出す。

時間は待ってはくれない。
僕らの影は置き去りにされて、心は忘れさられて。
それでも止められない。
見えないゴールに向かって走り続けなければならない。
現実は無慈悲で、真実は残酷だから。


彼は、別れの時と同じように薄紅色の帳の向こうから
また僕の前に現れた。
そして、今僕達は再び見つめ合う。
認め合いながら、決して交わらない対称位置に在る。


それぞれが、愛と呼べるものを探し続けて。

満たし合おうなどと夢にも、僕達は思わない。

二人で居ても孤独だから。






 >>>匿名   -- 05/09/03-01:27..No.[134]  
    暇駄文。


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