恋人たちの策謀


「ゴメえン、実は約束が出来ちゃってぇ。」


衰え始めた陽射しがたちこめる時刻でもなお、
空調の勢いを緩めない店内は袖から見える肌を固く冷やして、
意識が居心地の悪さに向きやすくなる。

向かい合った席のうち、ふたつはお互いの荷物で場所を埋めて、
生きものが精気を無くしてだれたように口を開いた鞄の中身が、
向かい側の視界に鬱陶しくその鮮やかな彩りを押し出していた。

「…別に良いよ、次で」

彼から持ち掛けた先約が次に回される事を予測の範疇に入れた上で、
対して悪びれもしない上に、これといった謝辞の句ひとつを漏らすためには
ぴくりと動きもしない格好の良い唇が、とろけ始めた生クリームに
突き刺さったストローを咥え始めるのを、
彼は呆けたように相変わらず釈然としない
意識を引きずり起こしながら、眺め尽くしていた。


彼女の顔は下を向くと化粧で補い隠していた陰影が
その本来を露にされる。
顎の細さに対する目鼻の均整がバランスを失う。
植物に近い睫毛の一本が妙に太く、瞬きの僅かな動きひとつでも
その瞳の小ささを覆い隠すかのように大袈裟な心象をこちらに与える。


「なに見てんの?」


見る、という行為にはふたとおりがある。
ある種の感情をないまぜにして相手を見つめるという媚態を含めた行為と、
そこにあるものをただ漠然と眺め尽くす観察という種類のものだ。


虚栄を露にした表情を不意に持ち上げて来た彼女の顔には、
相手から自分の注がれる好意を確信しきった高慢が滲んでいた。

首元を故意に緩めた制服から零れる甘過ぎる匂いと、
首筋近くにまで寄り、その素肌に貼り付いたストラップを
誇るかのように、片方だけ肩の高さを下げると、斜めに構えて
対峙する彼へと彼女はその身に纏い始めたばかりの
女という性別を彼へ目掛けて見せ付ける。


「なにも。」


彼は汗と香気とが交じり合った彼女の匂いがその理性をぶち抜いて、
本能的に求める貪欲な欲望を抱え込んだ感情を丸め込み、
自身の携える見栄と、高圧的な態度に対するふたりの位置関係を
修繕するという無意識下での独善に基いて、
彼女の誇るその美しさを突っぱねた。


たおやかでなく、やわらかくもない。
研ぎ澄まされたお互いの鋭さだけが絡み合って、
この年代の時分だけが持つ、一種独特の緊張感が漂う。


欲求の満たされきらない彼女は、
返事をする代わりに無言を尽くして、
あからさまに退屈そうな素振りを持ちかけ、
行動を起こし切れない彼の態度に対する
不愉快な圧迫を与えてゆく。


鈍い西日が街中に吸い込まれ、
青黒い夕暮れがウィンドウの上へ薄く広がり始めた店内では、
飲み切れないグラスの側面や底から染み出てきた水滴の粒が、
乾き切らないままだらしなく潰れているのが、
二人の隔たりの中にひとつの線を描くように、テーブルの上で斑に散らばっている。


触れられないよりも、分かり切れない焦燥感が
休みなく汗の垂れる彼の喉から声を閉ざせば、
分かり合うよりも、肌に触れられない事への猜疑心が、
彼女の服から見える肌をより際だたせる。





1日の終わり方があまりにも呆気なさ過ぎて、
積み重ねている事すら意識から外れてしまう、
ふたりで過ごす放課後は騒がしい夏を迎えて、
なおも。



 >>>RI   -- 05/08/01-02:51..No.[130]  
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