「金メダリストと言う栄誉ある内柴がああいう事になって、…我々は全国大会を控えている。……皆もよく考えて欲しい」 道場にしん…とした空気が流れる。滔々と鷲田先生の声が続いた。 「指導者が教え子に手を出す、なんて言う事はぁ、絶対に表に出てはいかん!」 重々しく周りの年長者が頷く。 若手は噴くのを堪えるので精一杯だ。 「こんなことが日常茶飯事と言う業界のベースは、世間では通じん!」 先生の声にも一層力が入る。 道場内には男子ばっかりで、女子の教え子は呼びだされていない。 当たり前だ。うっかりこの「訓示」を聞いて帰って親にでも報告されたらそれこそ要らぬ飛び火になる。 「特にこのマスコミが注目している時期、とにかく帯を締め、下半身を締めてかかって欲しい。と言うか!!」 一層声がデカくなり、 「絶対に死んでも一物で問題を起こすな!!俺の目の黒いうちは!!」 吼えるように道場に先生の声が轟いた。 「…すげぇな…」 「いや、鷲田先生も苦しいところなんですよ」 「もうなんか当たり前過ぎるところにメディアのメスが入りましたからねぇ…」 「うちも孝平っつう期待の星も居ることだしよ、不祥事は困るって」 年配の黒帯の一群がぼそぼそ、なんとも言えん空気を醸しながら会話する。 指導者が教え子に手を出すことは当たり前、と言う大前提ながら、この道場の風紀はと言うと至極真っ当なものなのだが、なんとも情けないと言うか苦しい訓示が出たことについてオヤジ連中がぼやく。 「俺の竿なんて女房の前ですらおさめっぱなしよ」 「そりゃ女房だからじゃないの」 「いやあ、ロシア人パブは最高だよ、よしさん、あそこには夢がある」 稽古に入った若手へ視線をやって、よしさんが 「あいつ、今日来てませんね」 「全くだらしないって言うかやる気がないって言うかもう少し孝平を見習って…」 「でも女子に手を出さないでくれるだけ助かりますよ」 「あんだけスピードがあると女子となんか組まないだろそもそも」 「美紀の相手させたいんですよ、美紀。あの子も全国でしょうが。故障なけりゃ」 「チビや女子の相手も新人との組手もまずせんですからね…」 「役に立たねぇ…」 「うちの女子色気ないからねえ」 「色気ある女子が入ったら先に俺が…」 「ないない」 わはははははは、とオヤジ達の笑い声が響いて道場の空気が変わる。 今年度の道場Tシャツ2種のデザインについて先生とよしさんで打ち合わせが始まり、更にオヤジ枠が別れて怪我をしたくない年になったと言いながらのオヤジのじゃれ合い的組手に、審査員試験を控えて実技で落ち続けている木村さんの反省会へと散らばって行く。 今年、アットホームな鷲田道場は全国を勝ち抜けるコンディションの選手を抱え、さりげなく燃えに燃えており、うっかり全国の横断幕まで用意済みなのだった。 |
>>>ゆり -- 12/05/10-18:49..No.[242] | |||
あの事件の後、業界関係者から聞いた話がこんな具合だった上、メッセでちょっと話題になったので書いてみました。 | |||