もう飽きた… そんなことはとても言えないが、エリの彼氏話題を連綿と聞き続けて1時間半。 金曜の今日、この隠れ家風個室居酒屋は2時間制だ。 私の2時間が丸々エリの彼氏に食われようとしている。 なのに支払はエリと割り勘の理不尽。 彼氏が私に居ないからってこんな横暴無い。 ぶったぎってやる。 「ところでさぁー」 「うーん?」 「うちの実家の近所に妙な家があんの」 彼氏が遠く過ぎ去ったバレンタイン、如何に手作りのガトーショコラを喜んだか、と言うくだりにさしかかっていたエリが間延びした返事を返す。 「妙ってなぁに?」 「3年位前に家族が住んでた家なんだけどさ、その家族引っ越しちゃったのかなあ、空き家になったのよ」 「うんうん」 「家はぼろくてさ、だけど庭だけ妙に綺麗だったのね。花とか咲きまくってて」 エリがどうでも良さそうな相槌をはさみ、すっかりグラスの氷が解け切ったカクテルをストローで掻き混ぜる。 「そんでずっと人が住んでる気配が無かったのね。庭もぼーぼーで荒れちゃって見る影も無くなったんだけど、季節が来るとその庭の薔薇だけ綺麗に咲くの」 「雑草化して頑張ってるんじゃん、…そんでガト―ショコラはクックパッドでね、」 「違うの!!」 慶応にエスカレーターだったのに希望する学部が無いからと国立を受けて見事合格し、代わり遠距離恋愛になった男の話題はもう吐く程聞いた。戻されてたまるか。 「綺麗度合いがそんなんじゃないの。エリも一度見に来てみなよ。びっくりするから。壁一面が白薔薇でね、その季節になると近所のじいちゃんが三脚立てたりすんのよ」 「でも空き家なんでしょ」 「うーん、多分?まだ空き家じゃないかなあ。いつ実家帰っても電気点いてるの見たことないし…」 エリが途端、恐ろしい事に気がついた、と言う顔になり咥えたストローを口から離す。 「いつの間にか消えた家族って…」 「いや、いつの間にかって言うか。私が犬の散歩のコースを変えてる間に空き家に…」 「埋まってるんじゃないの?!」 「埋まってる?!」 ぎゃー。 個室に響き渡るテンションの上がった女二人の酔った叫び声。 「やめてよ、あそこの薔薇私も気に入ってるんだからああー」 「誰も居なくてそんな綺麗になんておかしいじゃんー」 ひとつ残った葱甘酢あんかけ唐揚げを口の中に入れる。 「…今年も咲くかなあー」 「怖いから画像送って来ないでよ」 「今日実家帰るからちょっとまわってみてこうかなー」 「画像送って来ないで!」 ラストオーダーです、と同じぐらいの年頃のアルバイトが言いに来たのを機にダラダラと立ち上がる。 エリと別れて電車を乗り継ぎ、駅からは面倒くさくなってタクシーを拾った。 わざと実家より少し離れた、その家の近くで降りて 「いつもはチャコと一緒だからなー」 犬の散歩がてら通るその家の前に立つ。エリの言った不吉な言葉が頭をよぎって、いつも舌が出っぱなしのメタボコーギー、チャコですらいたらいいのにと思ったが、驚くことに家に灯りがついてるではないか。 「人が入ったんだ…」 丁度、雨戸を閉めようとして庭側の窓があいた。 隠れるところも無いので突っ立っていたが、家人は自分の方に気付きもせず雨戸を蹴ったり揺らしたりしながら閉め始める。時間がかかっていたが雨戸が閉まり辛いのか、閉めてるその人が不器用なのか微妙なところだった。 (若い男の人だ) しかも、草ぼーぼーだった庭がいつの間にかこざっぱりしている。 ずっと無人だった荒れ家が人の気配に温かく見えて来るから不思議だ。 スマホを取り出してエリにメールを打ちながら実家に向けて歩きだす。 エリーヽ(`д´;)ノ うおおおお! あの家いつの間にか人が住んでた(;´∀`) エリからの返事は、 画像おくって く る な ー(絵文字) 「今度、見に、おいで…、と」 いやー(絵文字)(絵文字) 明日はチャコをダイエット(散歩)させよう。 6月には三脚ジジイの横で携帯に薔薇を納めてエリに送りつけてやる。 家に続く暗い夜道を歩き、そんなことを考える。 別れても尚エリを道連れに実家まで帰る金曜日。 |
>>>ゆり -- 12/04/12-16:00..No.[239] | |||