バレンタイン狂想曲>>1

>>>序





皆様、ごきげんよう。ご機嫌いかがかしら。






…ああら。あらあら。
何かしら。その豆鉄砲食らったお顔は。



何ですって?
あたしをご存じない。
いやですわね聞き取れませんでしたわ。
もう一度おっしゃって下さる。









何ですって。本気?
本気で言ってるのあなた?
あなた地球の方かしら。冗談じゃないわ。



いいかしら!?耳の穴かっぽじって
よォ――――――――――――――ッく、お聞きなさい!
一度しか言わなくってよ!?良い!?



あたしこそ、21世紀の奇跡、歩く文化遺産!
全宇宙・全銀河・全方位を見わたし尽くしても見落とせない
誇り高き美貌の持ち主!



綾小路櫻子ですわよ!!!






ええ、分かってくださればよろしくてよ。ホホホ。
もうあたしも立派に14歳。
愛くるしさに大人の魅力まで付与されて
もはや向かうところ敵なし!


隠そうとしても隠しきれないあたしの人徳が罪!
ご学友の方々なんてそりゃあもう、毎日まいにち
綾小路様のお知恵をお借りしたいなァんて
ひっきりなしにあたしにご相談を持ち掛けるものですから
もう大変。


勉強スポーツ友人関係恋の手引きまでなんでもござれ!
聖徳太子もヒゲが抜けちゃう大・活・躍!
ああ、この美貌に加えてあたしの人間性の罪!罪!罪!
んもう!



……ええ、そうね。とにもかくにも、
毎日を忙しく過ごしている美少女または綾小路櫻子
なのですけれど。

じゃあ綾小路様はいったいどういう事を
お考えになってらっしゃるのかしらと。
聞きたい顔を。
なさっているわね。

言わないでも分かってますわ。良いですわ良いですわ。
至極当たり前の興味ですわ。よくってよ。ホホホ!



まあ!あたしは何と言いましても綾小路櫻子ですから!
小市民の皆様方のように俗世間の事柄に頭を悩ませる事なんて
まったくちっともこれっぽっちもないんですけれども!!

たま――――――――には、この、あたしも。
この!このあたし!が!が!!が!!!

ご相談のひとつやふたつやみっつやよっつ、
持ち掛けて差し上げなくもないですわよ。
まあ!あなた!とても幸運でしてよ!


この綾小路櫻子から直々に相談事を話し掛けられるなんて!
子々孫々、末代までの誉れですわよ!


よろしくて!?そこらへんのところ、
よお―――――――――――く、肝に免じてお聞きあそばして!






なぬ?
帰る?











ちょっと待ちなさいよ!!良いから聞きなさい!!
正座よ、正座!!





>>>



ええ、好きな人はいました。語尾に手抜かりはございません。
過去の事よ。過去に捉われる事はあたしの性には合わないの。
大切なのはいつでも今。
前を向いているべきなのよ。そうよ。当たり前じゃないの。


小学校を卒業したら、あたしは両親に前々から言われていた
中高一貫の女子校に入学をした。

似たような言葉を使って、似たりよったりな境遇と
生活水準の暮らしぶりをしている、同い年の人たち。



ここにはバカでアホで小汚い男子もいなければ、
いやに馴れ馴れしく話し掛けて来る女子もいない。


それだけじゃ飽き足らないのか、あたしを家にまで引き摺りこんで、唐突に人を家に招き入れたというのに
食事まで振る舞う。やけに狭い台所で。

そう、台所で食事をするのよ。あなたご存じ?

目の前に調理する場所があるところで食事を頂くなんて不作法だわと、
最初は思ったのだけれど。


家が狭苦しいぶん、人と人との距離が驚くほどに近い。
横を向けばすぐに見える顔が食べながら笑って、笑いながら食べる。


そんな人たちは、まるで見当たらない。
優雅で、上品で、そつもなく、秘めやか。


ええ勿論、せいせいしましたわ!
だいたい庶民の家の中は埃っぽいし!
お肉はお醤油の味しかしないし!
キャベツの芯までどうして食べようと思うの!

この綾小路櫻子には到底似つかわしくないお付き合いでしたわ!
もう二度と!






もう二度と、ああいう風には出来ない事ぐらい、分かってますわ。






あたしの他には、大人びたメガネに似合う学力の高かった方が
公立の受験をして、ここの土地そのものを離れていった方がひとり。

それ以外の方々は、みんな学区内の同じ公立中学に入学をしていった。


たまに、その制服を着た人とすれ違うと、顔を見てしまうの。
人様の顔をしげしげと見るだなんて失礼だと、
後になってひどく恥ずかしくなるのだけれど、

もしかしたら。


もしかして、知り合いかもしれない、なんて思ったら、
面影を探す目付きになってしまう。
















1>>>

綾小路櫻子の独白





頬がぴんと張り詰める寒さが目の前から吹いてくる。
赤黒い靄が広がりかけている夕暮れに、
あたしは一人で帰り道を急いでいた。


小学校からの持ち上がりで既に関係性を結んでいる子たちは
さすがに学内の風潮にも慣れているし、
「仲良くしましょう」なんて選択権を携えて、
慈しみ深そうな様子で外部からの編入者を
受け容れてくれる笑顔を零す。


いえ、皮肉じゃないわ。慈しみ深く振る舞うことに
何ら疑いを持たない人たちなのよ。


あたしも小学校からここにいれば、
同じような思考体系になったのかもしれない。

お父様があたしを公立の小学校に入れた理由が、
今更ながら分かって来た。


ご学友の方たちが、根の悪い人たちじゃないのは分かってる。
自分たちが見ている以外にも、
価値基準があることを知らないだけ。

知らないって事は幸せな事なのね。
だから、話の内容が自分たちの物差し以上を
受け容れられないで、狭量が過ぎる。



ありていに言えば、
あまりにもそつがなさ過ぎて、つまらないのよ。



執事の愚息は、よっぽどの事情で遅くなるような事でもなければ
車で迎えに来ないよう言い付けてる。


まあ!ちょっとやそっとではお目に掛かれないほどの
美少女に迫る危機を感じて!


身を案じるのも非常に非常にひっじょーうに!
分かりますけれども!!



なんとなく、鬱陶しいのよね。今。おせっかいすぎて。





車の往来が煩瑣な国道沿いにある、コンビニの前を通り掛かる。

このコンビニはその小学校の時のクラスメイト達が通う中学に
一番近い場所にあるから、
店先に乗りつけられた自転車がやたらに群れて、
ハンドル同士が仲の良さそうに寄せ合い、ひしめき合っている。


その籠に、サイズが合わずに角から無理やり突っ込まれた
スポーツバッグが何となく目に付いた。

路で立ち止まってからちゃんと見てみると、
茶色の汚れが足元に散らばった野球のユニフォームが、
店内でいくつかわらわらと動いているのが分かる。

肩をぶつけあったり、ゲラゲラ笑ったり、大声を出してみたり。
どうせ大した事はしていないんだろうけど、
どうしてあんなに楽しそうに出来るのかしら。


見ているこっちまで砂埃にまみれそうな気がしたから、
ひとつ溜息をついたのをきっかけにして歩きかけた時、
突然、ひどい音がした。



けたたましくて、何事かと目が丸くなったわ。




どうやら後からコンビニに乗りつけて来た人が、
自転車をばたばたとなぎ倒してしまったみたい。


その中学の制服を着ている人は、
スポーツバッグも入らないような小さな籠に
無理やり通学カバンを入れていたから、
自転車もろとも転がった鞄の蓋が、
間抜けにあんぐり口を開けているのに、慌てていた。


慌てて……は、いないわね。
どちらかといえばトロくさいわ。動きも緩慢だし。

もうちょっと慌てたり、周りを見て照れて笑ったり、
恥ずかしがったりしてもよさそうな光景よね、これは。

コンビニの駐車場に、その鞄から飛び出た中身が
盛大に散らばっているのを、
倒した当の本人がやっぱりトロくさい手つきで
かき集めていたわ。



乾いた髪が、直らない寝癖のようにつんつんと立っている。
寝癖ではないのでしょうけど。硬そうな髪ね。


ああ、髪を分けているところから、
左右に伸びている長さが違うのね。
自分で切ったのかしら。まさかね。

風采があがらないです、なんて情けなさそうに
丸まった背中が喋れそうなぐらい。


髪形は粗雑なくせ、首のところがやけに綺麗に
青々と刈り上げてあるのがおかしかった。





ふと、気が向いた。





耳の厚み、その向きの恰好。
首の裏にある、少し大きい黒子。
何か物を落としても、慌てた様子をちっとも見せないで、
のんびり拾っているその様子。

こちらから見える角度が横顔になる。











胸が痛い。

上から何かで無理やり押し潰されるような痛みだった。
だから声が出ないんだ。
どうしよう。
逃げるのもおかしいし。







向こうが気付いてくれるだろうか。
そうだ、それが良いと思った途端に、
怖くなった。



もしも、忘れられていたら、
気付いてもらえなかったら。



足が竦んだ。




でも、それでも今こうしているのは、離れるタイミングを無くしただけじゃないと思う。




地面で情けなく倒れていた自転車が
ようやく起き上げてもらえた時に、
方向を変えたハンドルを両手に掴んだ人の目が、
こちらに向けられた。



あたしは、視線を外そうとは思わなかった。

じいっと見ていたから、
たぶん、怒ってるような顔になっていた。




恥ずかしいとか、怖いよりも勝ったのは、
気付いて欲しかった事のほう。




どうしようもなくなった時は、
本当に必要なことだけ残るんだなと、
意識の遠いところで薄く感じていた。





「あやこうじ?」






2年ぶりに話す小林君の声は、
あたしが覚えているよりもずっとずっと低くなっていて、
とても遠い他人に思えた。







 >>>綾小路櫻子   -- 12/04/03-14:45..No.[238]  
    時期外れな、バレンタインの話。
長いので、分けて続きます。


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